2012/03/04

フレッド・ローのマーガリン大実験

マーガリンは食べるな、プラスティックと同じなんだから、という話をよく聞く。その根拠として頻繁にあげられるのが、 

・フレッド・ローというアメリカ人が“マーガリン大実験”を行った 
・実験はマーガリンを皿にのせて2年間窓の外に置いておく 
・結果として、昆虫もカビもまったく寄せつけなかった 
・フレッド・ローは「マーガリンはプラスティックだ」という 
・だからマーガリンを食べてはいけない 

というもの。 

この“大実験”に触れた文章は「フレッド・ロー マーガリン」でGoogle検索していただくと山のように出てくる。限りなくオフィシャルに近いと思われる健康関係の書籍やWebの記事にもよくとりあげられている。 


食品と健康 
油に隠された危険「プラスチック化」された油脂=トランス脂肪酸 
月刊誌記事から>大塚陽一氏インタビュー(No.193) 
http://tabemono.info/report/former/10.html外部リンク 


以下の記事では、フレッドさんはバターとマーガリンを外に出した。バターには虫がたかったのにマーガリンにはたからなかったそうだ、というようなことが書かれている。 

INSIGHT NOW! 
マーガリンは今すぐ捨てなさい! 
http://www.insightnow.jp/article/779外部リンク 

しかし、日本語でいくら検索しても、フレッド・ローの綴りも出典もわからない。紹介している文章のほとんどが「だそうです」という伝聞形式をとっている。 

“マーガリン大実験”はバターとの比較実験だったのか? 
なぜこの“マーガリン大実験”を神話のように誰もが引用するのか? 
実際どんな実験だったのか? 
フレッド・ローとはどんな人物なのか? 
そもそも実在するのか? 

気になったのでちょっと調べてみた。 


おそらくこのひとが、実験をしたフレッド・ローさんだと思われる。 

Natural Health Yellow Pages 
http://www.naturalhealthyellowpages.com/about_us/index.html外部リンク 

が、このサイトのどこを見ても“マーガリン大実験”の話は出てこない。はて、違うフレッド・ロー(ローエのほうが正しそうな気がする)さんなのか? 

さらに検索すると、フレッドさんが実験について綴った文章を書籍から全文(と思われる)引用しているサイトを見つけた。 

Toucan Foods 
http://toucanfoods.com/healthy/2010/10/29/scary-food-part-ii/外部リンク 

フレッドさんの文章の部分を引用させていただきます。 

Fred Rohe, PPNF Health Journal 

Back in 1967 or so…a food technologist told me how he thought the term “plastic food” must have originated. Some biochemist, he speculated, must have observed that when looked at through a microscope, a hydrogenated fat molecule looks very much like a plastic molecule…. “Lipid chemists,” he explained, “actually talk about the plasticizing oils”…I decided to discontinue selling margarine―as well as products containing vegetable shortening, margarine’s cousin―and to perform a little experiment. 

It was quite nontechnical…I put a cube of margarine, the kind I had been selling, on the saucer and placed the saucer on the window sill in the back room of my store. I reasoned that if I made it readily available and if it was real food, insect and microorganisms would invite themselves to the feast. Flies and ants and mold would be all over it just as if it were butter….That cube of margarine became infamous. I left it sitting on the window sill for about two years. Nobody ever saw an insect of any description go near it. Not one speck of mold ever grew on it. All that ever happened was that it kind of half-puddled down from the heat of the sun beating through the windowpane, and it got dusty―very dusty, a cube margarine doesn’t clean up very well. Finally, it got to looking so revolting that I decided to terminate the experiment. For me, the experiment had not been fore-shortened; I had reached the conclusion long ago that margarine basically is not food, whether or not it’s like plastic. 

Fred Rohe, PPNF Health Journal 

From: Nourishing Traditions: The Cookbook that Challenges Politically Correct Nutrition and the Diet Dictocrats by Sally Fallon with Mary G. Enig, PhD (New Trends Publishing 2000, www.newtrendspublishing.com 877-707-1776) pages 142-143. 

Amazonで中古を売っている。出版年が違うのは再版などの関係? 

http://www.amazon.co.jp/Nourishing-Traditions-Challenges-Politically-Dictocrats/dp/1887314156/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1329917444&sr=8-1外部リンク 


初出と思われるPPNF Health Journalの目次一覧を見ると、1989年第3号(通巻13)に“THE GREAT MARGARINE EXPERIMENT”というタイトルがある。 

http://katsumi.r.ribbon.to/journals/journal11-15.htm外部リンク 

本文では「nontechnical(専門的でない)」「ほんのささやかな実験」と書いているので、大仰なタイトルはわざとシャレでつけたのではないだろうか。 

バターとマーガリンを出しておいたらバターには虫がたかったのにマーガリンにはたからなかった、という話は見あたらない。いつどこで、そんな話がくわわったのだろう。 


フレッド・ロー(ローエ)さんは実在した。マーガリンの実験はたしかにおこなった。 

ただし、フレッドさんがホストをつとめているサイトや、そのサイトから無料でダウンロードできる著作(電子書籍)には、この実験の話はひとかけらも出てこない。著作「Eat Fat! Your Life Depends On It!」は、ここからダウンロードできる。無料の登録が必要。 

http://www.naturalhealthyellowpages.com/health_ebooks/eat_fat/index.html外部リンク 


上記の著作の中でフレッドさんは、「避けるか減らすべき」として、 

マーガリン、ショートニング、殺菌したクリームから作ったバター、殺菌した牛乳から作った食品、揚げ物、牛肉、豚肉、加工肉食品、スナック菓子、ファストフード、冷凍食品、ペストリー 

をあげている。マーガリンだけを悪者としているわけではない。 


まったくの推測だが、フレッドさんは「大実験」が実は「ほんのささいな実験」だったのに、ひとり歩きしていることを、あまり快く思っていないのではないだろうか。 


「マーガリンには虫がたからなかった、ということは食べ物ではなくプラスティックだ、食べてはいけない」というエキセントリックなレトリックを使うことは、自分、およびトランス脂肪酸悪玉論を安っぽく見せるだけであると、考えているのではないだろうか。 



マーガリンは食べない方がいいのか、食べてもいいのか。その答えをここで出すつもりはない。 

ただ、「フレッド・ローさんの実験」を「だそうです」と孫引き、ひ孫引きして、「だからマーガリンはだめ!」と叫ぶのは、説得力に欠けるのではないかなあ、と思った次第です。